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日本では急激な高齢化の進行により、令和19年(2037年)には国民の3人に1人が65歳以上になると推計されています。
高齢化に伴い、日常生活に深く関わる課題として注目されているのが『移動』です。
「運転に不安を感じ始めた」「免許返納を考えている」「公共交通だけでは移動しづらい」──こうした理由から、外出機会が減ってしまう高齢者は少なくありません。
近年では、外出頻度の低下が健康寿命や「フレイル(健康と要介護の中間の状態)」に深く関係することが指摘されています。本記事では、外出と健康の深い関係をわかりやすく解説しながら、広がりつつある新しいモビリティの動向をご紹介します。
高齢者の移動が社会課題になっている背景
高齢者の移動課題が深刻化している背景には、いくつかの社会変化があります。
地方を中心に進む「交通空白」
まず、地方を中心に公共交通の維持が難しくなっていることです。路線バスの減便や鉄道の縮小により、日常生活の移動を自家用車に依存する地域が増えています。国土交通省では、地域によって「交通空白」が発生していることを踏まえ、デマンド交通や乗合タクシー、公共ライドシェアなど新しい移動手段の導入支援を進めています。
免許返納後の「移動難民」問題
一方で、高齢になるにつれて運転への不安は大きくなります。免許返納への関心が高まるなか、返納後の生活を考えると「車を手放せない」という声も多くあります。買い物や通院、友人との交流など、日々の生活には”移動”が欠かせません。移動手段を失うことは、行動範囲だけでなく、人とのつながりや生活の質そのものに影響していくのです。
外出が減ることで、体と心が弱っていく
年齢を重ねるにつれ、体の動きが鈍くなったり、疲れやすくなったりするのは自然なことです。しかし「歳のせいだから仕方ない」と放置していると、思いのほか早く、体も心も弱ってしまいかねません。
「フレイル」とは何か
医療の世界ではこの状態を「フレイル」と呼んでいます。健康な状態と要介護状態の中間にあたり、足腰が弱くなる・疲れやすくなるといった体の変化だけでなく、気力がわかない・人と会う機会が減るといった変化も含まれます。早期に適切な対策をとることで改善が期待できるとされており、厚生労働省でも重要な健康施策のひとつとして位置づけています。つまり、外出の機会をもつことはフレイルを防ぐうえで非常に重要だと考えられます。
国立長寿医療研究センターの調査では、約1割の高齢者に移動能力の低下があり、外出に制約が生じている可能性があることが示されています。そして「閉じこもりや外出機会の減少は、心身の状態をさらに悪化させる」とも指摘されています。
参考:
健康長寿ネット「フレイルとは」
厚生労働省「食事摂取基準を活用した高齢者のフレイル予防事業」
国立長寿医療研究センター「フレイルに気をつけて」
外出しない生活が招く負のサイクル
外出が減ると体の衰えが進む。体が衰えると、外に出るのがさらに億劫になる──この悪循環が、フレイルをじわじわと進行させてしまう危険性があります。
運動不足は「動くのが面倒」「動くと疲れる」という意識をさらに強め、外出機会の減少を引き起こすとされています。 また、フレイルリスクが高い高齢者の4人に1人以上が「必要最低限しか外出しない」生活を送っており、「日常的な楽しみがない」と感じている割合がリスクの低い高齢者と比べて5倍以上に上るという調査結果もあります。
外出するきっかけ、外出できる手段、外に出る理由──これらが少しずつ失われることで、生活はどんどん内向きになっていきます。移動の喪失は、社会との接点の喪失でもあるのです。
参考:
健康長寿ネット「フレイルと運動」
保健指導リソースガイド「高齢者の『フレイル』対策」
社会参加が生きがいと健康を支える

内閣府「令和7年版高齢社会白書」(令和5年度高齢社会対策総合調査より)をもとに作成。「何らかの活動」とは、趣味・スポーツ・地域活動などのいずれかのこと
高齢者の移動課題は、社会参加の問題とも深く結びついています。内閣府の調査によると、何らかの社会活動に参加した65歳以上の高齢者のうち、生きがいを「十分感じている」または「多少感じている」と回答した人は85%近くにのぼり、いずれの活動にも参加しなかった人を23ポイント上回っています。
趣味の集まりに参加する、近所へ買い物に行く、友人と会う──こうした日常の外出は単なる”移動”ではなく、人との会話や刺激を生み出し、心身の健康維持につながっています。逆に外出機会が減ると、活動量や交流機会が徐々に失われ、孤立感につながるケースもあります。
特に地方では、移動手段の不足が「住み続けられない理由」になることもあります。移動課題は単なる交通問題ではなく、「地域で暮らし続けられるか」という生活基盤の問題でもあるのです。
今ある乗り物ではカバーしきれない理由
では、現状の移動手段ではなぜシニアのニーズに応えきれないのでしょうか。
- 自転車:免許不要で手軽な乗り物ですが、年齢を重ねるとペダルを漕ぐ力や、バランスをとる体幹が衰えてきます。段差でふらついたり、坂道でしんどくなったりと、「若い頃は乗れていたのに」と感じる方も多いのではないでしょうか。
- 電車・バス:遠くまで移動できる便利な交通手段ですが、バス停や駅まで歩かなければならず、足腰が弱くなると、この「駅までの道のり」が大きなハードルになります。また、路線の本数が少ない地域では、そもそも使いにくいこともあります。
- タクシー:ドア・トゥ・ドアで移動できる点が魅力ですが、毎日の買い物や通院のたびに使うとなると、費用の負担が重くなります。
- シニアカー(電動カート):免許不要で操作が簡単ですが、最高速度が時速6km/h以下に制限されており、行動範囲も限られます。デザイン面での抵抗感を持つ方も少なくありません。
「出かけたい気持ちはあるのに、移動が不安で外出を控えてしまう」──これは多くの高齢者が直面しているリアルな課題です。
フレイル予防の観点で注目される特定小型原付
2023年7月に新設された新しい車両区分「特定小型原動機付自転車(以下、特定小型原付)」は、16歳以上であれば運転免許が不要で乗ることができ、フル電動のためアクセル操作だけで最高時速は20km/h。シニアカーよりも広い行動範囲を、自分のペースで移動できます。
フレイル予防の観点で見たとき、この「行動範囲が広がる」という点は非常に重要です。買い物に行ける、友人に会いに行ける、気分転換に出かけられる──移動の選択肢が増えることは、外出のきっかけを生み出し、社会とのつながりを維持することに直結します。「乗れる乗り物がある」という安心感が、外出意欲そのものを支えてくれるのです。
※免許返納後の移動手段や特定小型原付については、こちらの記事でもくわしく解説しています。
三輪・四輪なら安心?──多輪モビリティが抱える技術的な課題
特定小型原付のなかでも、近年はより安定性を重視した三輪・四輪タイプへの関心が高まっています。ただし、特定小型原付には車幅を60cm以下に収めなければならないという道路交通法上のルールがあります。この制約のもとで多輪車を作ると、車体の傾きが大きくなり、傾斜地や段差では安定性の確保が課題となります。
glafitが取り組む安定性へのアプローチ
glafitではこうした安定性への課題にアプローチしながら、三輪・四輪型の特定小型原付の開発を進めています。
左右の車輪の傾きを連動させる前二輪機構

左から「P.E.T」「NFR-T1 Pro⁺」
多彩な乗り方ができる着座ステップスルー型の「P.E.T」と、オフロード対応の「NFR-T1 Pro⁺」は、前二輪をチェーンとスプリングで機械的に連結し、左右の傾きを連動させる機構を採用した三輪型の特定小型原付。従来の二輪車のように車体を傾けて曲がることができ、傾斜地や滑りやすい路面での横滑りを抑えながら、低速時にも安定した走行が可能です。
段差でもバランスを保つ姿勢制御技術

四輪型特定小型原付「WAKUMOBI」には、自動車部品大手・アイシンが開発を進める姿勢制御技術が活用されています。車体が自動的にバランスを調整してくれる仕組みで、傾斜地で安定して走行でき、段差を乗り越える際もスムーズに安定を保つことができます。
誰もが楽しく移動できる社会を目指して
2025年に開催された「Japan Mobility Show 2025」(JMS2025)では、上記の3車種をコンセプトモデルとして初披露。特定小型原付の「16歳以上であれば免許不要」という利点を生かしながら、移動弱者の増加という社会課題に応える未来のモビリティ像を提示しました。
来場者からは「二輪では不安のある道でも安心して乗れそう」「免許を返納した両親へのプレゼントによさそう」といった声が寄せられ、シニア層やそのご家族から大きな関心を集めました。glafitは今後も、誰もが安心して楽しく移動できる社会を実現するための提案を続けていきます。
参考:【Japan Mobility Show 2025レポート】 未来の“誰もが乗れる”電動パーソナルモビリティを初展示
まとめ
外出することは、高齢者の体と心の健康を守るうえで非常に大切な習慣です。しかし「乗れる乗り物がない」「今の選択肢では不安」という現実が、多くの人の外出機会を奪っています。移動の課題は、フレイルの進行、社会参加の喪失、地域での暮らしそのものに関わります。
新しいモビリティの登場は、そうした現実を変えようとする動きのひとつです。安全で扱いやすく、乗ることが楽しくなるような移動手段が普及することで、外に出るきっかけが生まれ、健康で活き活きとした毎日につながっていくはずです。

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